1/2ページ目 おれはトイレへの道のりの間中「ごめんなさい…ごめんなさい…」と謝ってばかりいた。 じゅんさん…この人は一度も、”オムツ”という言葉を出さなかった、”おもらし”とも言わなかった。 そして、なにより「それはただの”水たまり”だ。」というあの言葉。 それで、おれはこの人を一気に信頼することが出来た。 そう、信頼できただけに、その人のシャツを袖を、いまもぬらし続けていることが申し訳なくて、いたたまれなくて仕方なかった。 でも、そんなことにはお構いなく、じゅんさんは雑踏をかき分け、人通りの少ないトイレに駆け込むと、その中に四人で入った。 「広いなぁ。札幌にはこんなに広い障害者用トイレがあるんだ…。」爽が感嘆して言った。 「タオルある?」 じゅんさんが聞いて、爽があわててリュックからバスタオルを差し出す。 それを簡易ベッドに敷くと、そのうえにおれを寝かせてくれた。 おれはてっきりじゅんさんがオムツを替えるんだと思っていた。 あんな言葉をかけてくれたじゅんさんだったけれど、おれはいやだった。 いくらじゅんさんでも、おれは申し訳なくて情けなくて…でも、あらがえない。 そう思うと、苦しかった。 「ごめんなさい…」 それしか言えなかった。 「だから、なんで謝ってるんだ?言っておくけど、おれは君のオムツを替えないよ。そんなの嫌だろ。爽くん。いつものように頼むよ。おれは外に出てるから、終わったら声をかけて中に入れてくれ。」 え?と言う顔で、おれも爽もじゅんさんを見てしまった。 「おれが替えると思ってたのか。別にそのつもりはないよ。ただ、あのメンバーの中で、一番早く君をあの場から移動させられるのがおれだっただけ。だから、一緒にあきくんと爽くんについてきてもらったんだ。じゃ、そういうことで。」 そういうとじゅんさんは本当に外に出て行ってしまった。 「と、とりあえず、濡れたズボンとオムツを取り替えよう。」 あきさんが言って、爽が頷き、慌ただしくおれのオムツを替えてくれた。 濡れたズボンや靴下を脱いで、たっぷりとおしっこを吸ったオムツも外される。 いつものハンカチを用意され、新しいオムツに替えられた。 さすがに室内とはいえ札幌の障害者用トイレは寒かった。 おれはぶるっと震えてしまう。 「ほら、ズボン。早く履き替えないと、風邪引いちゃうぞ。」そう言って爽が渡した新しいズボンをおれは身につけた。 それを見て、あきさんが、外にいるじゅんさんに声をかけた。 じゅんさんがトイレに入ってきた。 「どう。元通りになったか?」 そうきかれて、おれは頷いた。 おれは、じゅんさんの真意を量りかねていた。 優しい人なんだ…でも、謝るなって言われてもおれは… 「こんなところだけど、ちょっと話をしようか。」 そもそも、おれはそれが目的だし、そういってじゅんさんが腕組みをしておれに目を合わせてきた。 「なぜ、謝る。いったい、だれに謝ってたんだ?」 その口調は上からのものでも、かといってへりくだった物でもなく、ただただ静かに、問いかけるものだった。 「じゅんさん、快はそんなに喋れないんです。それに、お互い初対面で…さっきまで怖がっていた快に質問しても…」爽が不安そうに消え入りそうな声でいった。 爽がおれを守ろうとしてくれているのだ。 でも… 「もちろん、それはそうだろう。でも快くんは「ごめんなさい」とはっきり言った。言葉を喋ろうと思えば喋れる。二言三言でいい。おれの質問に答えてほしい。お願いだ。」 おれは勇気を振り絞った。 責められている訳じゃないんだ。おれの気持ちをぶつければいいんだ。 「おれ…情けなくて、恥ずかしくて、かっこわるくて…この歳になっておもらしして、じゅんさんの服まで汚しちゃって…なんだか、おれがこうして生きてること全部が申し訳なくて…だから…」 おれは言いながら涙がこみ上げてくるのを感じていた。 惨めだった。 じゅんさんはそっと口を開いた。 「ならばなおのこと。君は謝る必要なんか無い。君がおもらししてしまったことも、オムツを使っていることも当たり前の、どうしようもない事だ。だから、それで起こったことに申し訳ないなんて思う必要はないんだ。誰の性でもないんだからね。謝るんだったら自分に謝るんだな。そうやって自分を責めさいなんでばかりいる自分自身に。そんなに自分を責めるな。まぁ、だれのせいでもないから、誰の性にも出来なくて苦しい気持ちはよく分かるけどね。おれもそうだったから。」 そういって、じゅんさんは左腕をまくり上げた。 おれたちは、息をのんだ。 おびただしい数の刃傷がみみず腫れのように浮き出ていた。 「リストカット…」 あきさんが呟いた。 「躁鬱病って言ってもわからないだろうけど、精神病の一種におれはかかっている。だから、快くんの苦しい気持ちは、多少は分かるつもりだよ。みんなそうなんだ。れんれんは統合失調症、しんじはセクシャルマイノリティー、ぱんぱは溢流性尿失禁と、人とは分かち合いにくい苦しみを抱えている。あきくんもね。そんなあきくんを君が信頼しているように、おれたちも信頼してくれたらうれしい。」 そういって、じゅんさんは腕をしまった。 おれは言葉が出なかった。 謝らなくていい。 謝る必要なんて無い。 その通りだと思った。 でも、申し訳なくて、おれには言える言葉がなかっただけだ。 同じような苦しみを抱えているじゅんさんたちを信じたかった でも、謝る以外に何が出来ただろう。 俯いておれは唇を噛んだ。 そんな様子をみてじゅんさんが一言言った。 「「ごめんなさい」って言ってもいいからさ。そのあとに「ありがとう」が言えればいいんだよ。もちろん、おれにじゃなくて爽くんにだぜ。爽くんがオムツを替えてくれたんだから。」 おれはハッと顔を上げた。 申し訳ないと思うのは簡単だけど、感謝する気持ちを忘れない。 そういうことだと悟った。 おれはゴクリとつばを飲み込み、言った。 「ありがとう、爽。ありがとう、あきさん。それから…」 おれはゆっくりとじゅんさんを見上げ、精一杯の笑顔で「ありがとう、じゅんさん!」と言った。 じゅんさんがニマーっと笑って、「いい笑顔じゃねーか。」といって、頭をポンポンとなでてくれた。 「快〜。おれ、泣きそうだよ〜。おまえ、そんなにはっきりしゃべれるんじゃん!」 爽がうるうるしながらいった。 「おれ、多分これからも苦しむと思う。でも、こんなに助けてくれる人が沢山いるなんて、本当に嬉しい。ありがとうの気持ち、わすれない。」 じゅんさんがくれた言葉を反芻しながら言った。 「よかったよかった。」 あきさんが笑って言った。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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