1/1ページ目 おれは知らない。 これからやって来るという、その快とか言う人のこと。 その兄弟の爽という人も、あきさんも、りおさんも、せいえいさんも。 おれは知らない。 でも、だから? おれにとっては知り合いかそうでないかなど、大した問題じゃない。 どんなやつなのか。 それが問題だ。 ぱんぱにいちゃんたちにその人たちを加えると、総勢10人。 加えて、おれと兄ちゃんとかおるの三人。 合計13人もが一所に集まれるのは… 1月1日のあの日のように、東海林年ちゃんのうちだけだ。 おれたちは、三人で東海林ねえちゃんのうちに先にあがらせてもらっていた。 「どうぞ。」 エプロンを掛けた女の人が紅茶とクッキーを置いていった。 東海林ねえちゃんのうちではたらいているお手伝いさんの小夜子さんだ。 「ありがとうございます。」 兄ちゃんが言って、紅茶に口をつけた。 「ところで、本当のところはどうなんだ?本当に見ず知らずの他人をゆぐどらさんのもとへ連れて行ってやれると、思っているのか?」 カリッとクッキーを割りながら、かおるが伏し目がちに尋ねてきた。 おれは「?」という顔をして見せた。 「おまえがひさぎくんから得たという力で、ゆぐどらさんと何度もあっているのは知っているし、おまえのおかげでわたしも会うことが出来たのは認めよう。ただ、その力は本当に誰にでも有効なのか。効かなかったでは済まされないんだぞ。おまえはおそらく最後の希望になっている。その辺の自覚はあるのか?」 かおるは折れたクッキーの破片を見つめながら、真剣な面持ちで呟いた。 自覚も何も…「おれもおまえもゆぐどらさんと会ってるし、ってことは、ゆぐどらさんがいるって分かってるわけだろう。なんも不安な事なんてないさ。おれはただ、瞳を見つめてその人の殻をつつくだけ。そこから、先はそいつの想い次第なんだよ。本当にお母さんと会いたいなら、絶対に会わせてやれるんじゃないの。」 おれはクッキーをぱくりと食べて、ボリボリと噛んだ。 「だから、もし、それが成功しなかったときどう責任をとるつもりなんだって言う意味だよ!おまえ、お母さんに会いたい一心でやってきたその人たちの希望がそがれたときの絶望に責任を持てるのか!」 かおるが憤慨して言う。 でも「そんなことなんでおれが責任持たなきゃいけないんだよ。だって、勝手に頼って、ダメだったから、おまえの性だなんて言われたって、おれ別に仕事でやってるわけでも何でもないんだぜ。責任を果たす理由がないよ。むしろ会えなかったのは自分の責任だろ。」 「けどっ…!」 「まぁまぁ、二人とも。これ以上言い合っても平行線だよ。だいたい、何事もやってみなくちゃ分からない。もちろんかおるちゃんの言うように、ぜひともおかあさんに会わせてあげたいけど、こればかりは確実な保証なんて出来ないんだ。そもそもおれは歩歌の力でそのゆぐどらさん?に会ったこともないわけだし、何とも言えないけど、歩歌もかおるちゃんも会ったことがあるんだったら、もっと自信を持っていいじゃないの。大事なのはそうした不安を相手に気取られない、自信をもって、おれについてこいぐらいのペースであることだよ。君たち二人が案内役で窓口なんだから、そこが動揺してたら、それこそかおるちゃんの言うように相手の意気も消沈するかもしれないでしょ。」 兄ちゃんが状況をうまく整理した。 「そうですね…。わたしなんだか責任を感じちゃって…でも、歩歌の言うようにあたしたちは引っ張ってやるのが役目で、その手を握ってくれるかは、相手次第。私たちが自信を持ってやれなかったら意味ないですよね。うん!わかった!もう迷うのは無しだ!いつものように、よろしくな歩歌!」 「おうよ。よろしくな。かおる!なんも、心配なんかしてないよ。おれは。あれだ、ナンクルナイサ〜ってやつだ。」 歌うように言う歩歌に、かおるとにいちゃんが頷いた。 「ただいま〜」という東海林ねえちゃんの声と共に、一斉に玄関が騒がしくなった。 「おかえりなさい。お嬢さん。もう、お見えですよ。」小夜子さんが言う。 「あ、あたしたち、上の部屋に行ってるから、三人にも来てもらって。」 「わかりました。」 「じゃあ、みんなあたしの後についてきて〜」 そういって、沢山の足音が二階へ上がっていく音が聞こえた。 小夜子さんが入ってきて「二階のお部屋へどうぞ。」と言って、かおるを車椅子から抱き上げた。 「おれたちも行こう。」 兄ちゃんが立ち上がる。 おれも紅茶をぐいっと飲み干して、席を立った。 かおると目を合わす。 かおるが手を差し出してきた。「いこう、歩歌。」 「ああ。」おれがその手を握った。 おれたちはその家の大きさにまず驚き、靴が十足以上並んでもまだ余裕のある玄関に驚き、 迎えてくれたお手伝いさんの存在に驚き、最後に入った部屋の大きさと綺麗さに驚いた。 「す、すごい。ひ、広い。」おれはすっかり口をひろげて呟いた。 「すげぇ…金持ちですねぇ…」爽が無意識のうちに本音を漏らし、おれはギンと爽を睨み付ける。 あわてて爽が口をふさぐが、時すでに遅し。 「あはは。まぁね。うちの親は小さい会社だけど、一応そこの社長だから。家にはお金を惜しまなかったらしいわ。でも、はっきり言って一人じゃだだっ広すぎるくらいね。十人は言ってもおつりが来る。だから、そのおつりは…。」 そこで、「コンコン」というノックの音が聞こえた。 「ほら、やってきた。どうぞ!」 そうやって開いたドアの向こうから、二人の少年と、さっきのお手伝いさんに抱えられた、一人の女の子が現れた。 「聞いてましたよ。おれたちはおつりですか。」ジト目でメガネの少し背の高い…おれたちぐらいの年頃の少年が紫織さんに言い募る。 「あはは。聞こえてた?夜歌くん。ごめんごめん。」紫織さんが頭をかきながら言う。 あの人が、装苑夜歌くん。 おれたちと同じ小学六年生。 「かおるちゃんはここのイスね。」両脇が支えられるように肘掛けの付いたイスに、かおるちゃんと呼ばれた子が、お手伝いさんの手で運ばれて、座らせられた。 そうか、この子がかおるちゃん。 ということは、あの背の低い子が… そう思っていると、いきなりそのこが、駆け寄ってきた。 え!なんでおれの方にいきなりくるんだ!? そう思っていると、駆け寄ってきたのは、おれの隣に座っていたぱんぱさんのほうだった。 ぱんぱさんに抱きつくと、「ぱんぱにいちゃん、久しぶり〜!年明け以来だね!またみんなでオムツ遊びしようぜ!」 「わ、わかった、わかった!ふ、歩歌くんは、あ、あいかわらず、げ、元気だなぁ。」 「そりゃあね。元気はやる気、やる気はのんきだから!」 イヒヒと笑って歩歌くんが言った。 オムツ遊び…じゃあ、昨日話を聞いたとおり、この子もオムツが外れないんだ。 でも、おれはその破天荒な行動っぷりにすっかり怖じ気づいてしまっていた。 この子にいったい何が出来るって言うんだ。 本当にお母さんに会えるのかな… 「ふ、歩歌くん。そ、それより、しょ、紹介、し、したい、ひ、人が、い、いるんだ。ひ、曳舟…」 「まって。」歩歌くんがぱんぱさんを遮った。 「おれが見つけるから。」 そういうと、歩歌くんはひとりひとりの瞳をのぞき込み始めた。 あきさん、りおさん、せいえいさん、爽に、最後におれ。 その時初めておれは、歩歌くんの瞳が青いことに気がついた。 深いブルーの瞳の奥に、何か螺旋に渦巻く宇宙のような深遠さを見たような気がして、おれはすいこまれそうになった。 「ふーん。なるほど…」そういって歩歌くんは一人一人を指さし「あきさんに、りおさんに、せいえいさんに、それから、爽くんと、君が快くん。でしょ。」とばっちりと全員をあててしまった。 まるで超能力だ。 「べつに、手品でも何でもないんだ。歩歌は、あきさんが障害で背が低いのは知っていたからすぐに分かっただろうし、それに顔の似ていて背の高い人がりおさんだとすぐ分かる。爽くんと快くんは双子だからすぐ分かっただろうし、そうでないのこりがせいえいさんだったと。それだけ。」 かおるちゃんが解説してくれた。 でも、おれたちは全く外見で見分けが付かないはずだ。それをなぜこっちが爽でこっちがおれだと分かったんだろう。 そんな思考もお見通しなのか歩歌くんは「爽くんと快くんはねぇ。すぐにどっちがどっちだか分かったよ。快くんの心には殻があったからね。」 「殻」? いったい何のことだ。 「おれは、瞳を見ればだいたい、分かるからさ。とくにおれたちと同じ”ハルシネーション”の病気っぽい人には。」 はるしねーしょん? 「わたしがつけたのよ。”心甲殻化障害”とでも訳そうかしら。昨日話したわね。歩歌くんとひさぎくんのこと。彼らのかかっていた、心を殻で覆って、成長と感覚を停止しようとする、まだ世に知られていない病気の事よ。」紫織さんが言った。 おれも、その病気にかかっている? 「君がはるしねーしょんかどうかはともかく、心を覆う殻があるのは本当だ。おい、かおる。これなら、いけそうだ。」 歩歌くんがにやっと笑って言う。 おれはさっぱり意味が分からない。 「そうだな。快くん、君は死んでしまったお母さんに会いたいそうだね。そのためには、わたしたちがゆぐどらさんと言っているもののいる世界に行かなければならない。歩歌が君を連れて行ってくれる。そのための手は差し出せるようだ。だけど、これは歩歌が引っ張っていけばいいというわけでもない。きみもまた歩歌が指しだした手をつかまなければいけない。歩歌やわたしを信用して、その身を預けられるかい?」 おれは…おれは、母さんにもう一度会えるなら、何だってする。 どんなに胡散臭いことだって、可能性がゼロよりもたかければみんな同じだ。 おれは頷いた。 「よし、それなら行こう。悪いけど、おれの自己紹介や、かおるの紹介は、あっちに行ってからだ。結構長いこと時間がかかるから。東海林ねえちゃん、隣の部屋借りるよ。れんれんさん、かおるを連れてきて。快くん一緒に来て。これからすぐにゆぐどらさんの世界へ出発する。」 そういって、歩歌くんが手を差し出した。 ゴクリとつばを飲み込んで逡巡するおれ。 歩歌くんがゆっくりと瞳をのぞき込む。 その瞳が語っていた。『大丈夫。一緒に行こう』と。 おれはその手を握り、立ち上がった。 「お、おれは…?」爽が不安そうな声をあげた。 「だ、大丈夫。あ、あとは、ふ、歩歌くんたちに、ま、まかせよう。」ぱんぱさんが言う。 「待っていてあげよう。快くんがお母さんと会ってから、一番傍にいて欲しいのはきっと君だと思うから。」あきさんが言った。 「うん。」そうは俯いて頷いた。 隣の部屋でおれは柔らかい絨毯の上に寝そべった。 歩歌くんがそうしたからだ。 れんれんさんに寝かされてかおるちゃんも足下で寝そべっている。 歩歌くんがおれと向かい合わせになるように横になった。 「おれの瞳を見つめて。ただ、考えて。お母さんのこと、お母さんに会いたいって気持ち。それが二つの世界をつなぐ…」 おれは想った。 母さんに会いたい!もう一度、もう一度だけでいいから! 母さんに会いたい! そうしている間に、だんだんと睡魔に襲われ気づかぬうちに、おれは眠ってしまった。 それを見て歩歌くんはかおるちゃんと同じように瞳を会わせる。 「いそごう。彼を待たせられない。」 「うん。」 そう言って、瞳を見つめ合いながら二人も意識を失った。 目を開けると、そこは… [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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