2/3ﾍﾟｰｼﾞ目 【南アルプス】 昭和39年６月１日は、南アルプスにとって新しい世紀の幕開けであった。長い年月と幾多の曲折を経て継続されていた懸案が解決され、国立公園として第一歩を踏み出したのである。「中部山岳国立公園」として脚光を浴びてきた北アルプスにくらべ、その開発と発展に大きな差のあることは否定できないが、その対照的な性格はまた違った意味で山恋う心を駆り立てずにはおかない。巨大な無限の量感を感じさせる山容、うっそうとした深い原生林、しっとりとした味わいを見せる古生層の山肌、豪快な渓谷美。そして幾重にも重なり合ってのた打つ山波の雄大な景観は南アルプスでなければ見ることができないものだ。 そして標高の大きさがある。「山高きが故に尊からず！」ということばがあるが、山が地上から聳え立つものであるかぎり、この標高は無視できない。3000㍍峰を擁する北アルプスはたしかに高いが、南アルプスはさらに高く大きい。富士山を日本第一の高峰とは誰でも知っているが、第二の峰は南アルプス白峰北岳である。隣接する間ノ岳も第三位こそ北アルプスの奥穂高岳にゆずるが、槍ヶ岳より10㍍近くも高いのだ。しかも、北アルプスの3000㍍峰のほとんどが、穂高・槍連峰の一区域に固まっているのにくらべ、南アルプスの3000㍍峰は北部仙丈岳から南部の聖岳まで、平均に配置されて、この山地のバランスを保っている。 南アルプスは、日本本州のほぼ中央部を横断するいわゆるフォッサ・マグナの西辺から北方にかけて接触する中央構造線によって分離された二つの地塊‐外帯・内帯‐のうち、日本外帯とよばれる地域にあり、北部の守屋山を頂点とする楔状の山地である。この山地は南北に長く、平面距離約150㌔、東西は中部で40㌔余、南部では実に70㌔にもおよび、山梨・長野・静岡の県界をなしている。3000㍍をぬく高峰14座、2500㍍以上の山70数座を有して、疑いもなく日本最高最大の山地としての面目躍如たるものがある。 だが、内帯山脈に属する北アルプスが、花崗岩や片麻岩、ふん岩等の火成岩によって構成され、その特徴として絢爛華麗なよそおいをこらし、さらに存在位置が北の偏して地理学上、気象学上からいっても、豊富な降雪による夏季の残雪が山腹や山稜をいろどるのにくらべ、日本外帯に属する南アルプスは甲斐駒山脈をのぞいてそのほとんどが古生層であるところの水成岩で形成されている。したがって、残雪は少なく、わずかに白峰北岳の大樺沢や間ノ岳、仙丈岳付近に見られるにすぎず、南部においてはほとんど消えてしまう。冬季の降雪量が少ないことは太平洋岸にあるためいたし方ないが、逆に夏季の雨量が多く、それが植物の繁茂をうながし、山腹はびっしりと黒木が覆っている。甲斐駒山脈や白峰をのぞく他の山々が、北アルプスにくらべて暗く重厚で、静寂にみちた姿であるのはそのためである。 南アルプス！この深く大きな山。何日分かの食糧と装備の入った重いザックが肩に食いこむ急な前山越え、炎天下の長い長い河原歩き。北アルプスでは2300～2400㍍の森林限界がここでは2600～2700㍍にもおよんで、木の根や岩角をつたう道は単調である。山稜にとび出るまでの果てしないかに見える急な登り。だが、そのひとつひとつの山頂に立ったときの喜びは、そこに至るまでの労苦が大きければ大きいほど、強く、そして激しいのだ。 ところが、こうした古くからの南アルプス登山の概念は、すでに過去のものとなりつつある。以前はまる一日をかけて、峠や前衛の山を越えたアプローチは、林道の奥地への延長やダム工事のための開発に便乗したバス乗り入れで、すでにすたれようとしている。他の地域にくらべ交通機関の未発達、登山道や山小屋、指導票などの設置、観光方面の諸施設の未開発は南アルプスのよき一面でもあったのだが、森林資源開発と登山ブームにおける入山者の増加が、国立公園指定以来の南アルプスを根本から変えてしまった。 しかし、山の俗化による喧騒と自然破壊は日本全土におよんできた。これは山そのものの責任ではなく、マスコミや山小屋関係、地元官庁の受け入れ態勢の不備と、少数の不心得な登山者の仕業である。各人ひとりひとりも大いに心しなければならないが、こうした人為的な破壊度のまだ少ない南アルプスの魅力を多くの人に知らせたい。他の山々に飽き足らなかった登山者も、南アルプスで本当の山というものを味わってほしい。 太古さながらの静寂、壮大無比の景観、深く掘りくぼめられた山肌の底には未踏の渓谷が淙々と流れを早めている。千古の年輪を刻む原生林と、見事なお花畑。 この自然美こそ南アルプスが誇る特徴なのである。 [指定ﾍﾟｰｼﾞを開く] ＜＜重要なお知らせ＞＞@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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